体験を設計すること
3連休最終日。この週末は、朝の起床がどうも億劫になってしまって、いつもより遅くまで寝てしまった。文化の日は明治天皇の誕生日でもあった。今年になってから、祝日、というか祭日に対する見方が少し変わった気がする。
課題にもなっている「ゲームデザインバイブル」を読み始めている。「ゲームデザイン」に限らない、「デザイン」という行為に関する理解が深まるような感覚がある。体験設計とは、体験そのものをつくるのではなく、体験が起こる環境をつくるのだな、という理解が、たった今この文章を書くことに向き合った瞬間に降りてきた。著者が言いたいことと整合しているのかわからないが、こうして書いてみると腑に落ちるものがある。
「内観」に関する記述があった。内観にも正解がない。確証バイアスが起こる懸念もある。しかし、デザインの中で避けて通れない場所でもある。内観の正しさと改善点にどのように向き合うのか。これは成長を創り出すための自己評価を、より良いものに改善することと近いような気がした。インクリメンタルに改善を重ねるような製品と比較して、パッケージ製品の開発におけるデザインの正しさを創り出す営みとはどういったものなのか、そういえば自分には経験値がない。
あとは、経営関連のメッセージングを重ねたり、講演資料を仕上げたり、請求処理をしたり、ブックオフの期限切れ間近のポイントを消費しに行ったりしていた。